どうして私はPCを殺すのか
こんにちは、こたつです。な、夏が終わってしまう。嫌だ―!!!
突然ですが、皆様は自分がどういうタイプのTRPGプレイヤーか(こんなページに来るのはTRPGプレイヤーではあるでしょう)って考えたことがありますか?昨今は、MBTIみたいなノリで幾つかの質問に回答するとあなたは○○なTPRGプレイヤーです!みたいな診断ってよく見かけると思います。
私ああいうのはかなり苦手で質問を見ると「場合によるだろ!」「質問の意味がわかんねぇ!」「定義不足!」って叫んでしまうので中々できないんですよね。でもこの前我慢してMBTI診断はやってみましたよ。INTP-A(論理学者-自己主張型)でした。まあ、こんな文章書いてるのはINTP-A以外ありえないっす。
診断ツールこそ使わないものの、私がどういうTRPGプレイヤーであるかは日々考えていますがこれが中々難しい。TRPGのG(ゲーム)にかなりの重きを置いているのは間違いありませんが、では勝利や目的の達成を重視するプレイスタイルかというと全然違う気がします。どちらかというと、ゲームと物語の関係を重視していて、ゲームメカニクスと物語が他のゲームジャンルとは異なる形で相互作用することがTRPGの独自性である、という考えを持っています。卒論にもそういうことを書きました。書きましたが、今回はそれをもう少し発展させて考えてみます。
今でこそモノトーンミュージアムをよく遊んでいますが、TRPGとの出会いはロードス島戦記やソード・ワールド無印のリプレイでして、私のTRPG観はこうしたクラシカルなTRPGシステムに大いに影響されていると言えるでしょう。私にとって、TRPGにおけるゲームと物語の関係というのは、ゲームという土台の上に物語が組み上がるというものです。これがどういう感覚であるかを説明するのは凄く難しい。相方のオールト君にすら理解してもらうのに半年以上の時間を要しました。
例えば、そうですね。大谷翔平という野球選手がいます。彼は投手と野手を兼業し、まるで漫画の主人公だ、いや漫画でも描かれない、といった評価を受けています。多くの人々の目を釘付けにする大谷選手ですが、ではこういう人物がもし漫画の主人公であればどうでしょうか?メジャーで二刀流として大成して、大谷選手と全く同じ活躍、成績を残すと仮定しましょう。描き手が優れていれば面白い作品にはなるでしょうが、淡々と主人公が無双したとしても訴求力のあるキャラクターにはならないでしょうね。
では、現実の大谷選手と漫画の二刀流主人公にはどういう差があるでしょうか。言うまでもなく、現実かフィクションかという点で異なります。私は、これが現実の強みだと思っています。いくら荒唐無稽なことが起きても、それが現実であるというだけで強い訴求力を持ちます。そして、私はTRPGは極めて現実性の高いフィクションであると主張します。なぜか。それはダイスを振るからです。いやまあダイス振らないシステムもあるし、トランプやら棒やら使うシステムもあるけど、一般的には振りますよね。
皆様もとんでもない出目を出した卓、一度や二度はあるんじゃないですか?私はSW2.5のGMやっているときに1戦闘で8回6ゾロ回避をかましたことがあります。本当にすまなかった。他にも私の出目が良かったために命を落としたPCは片手の指では数えられない程度にはいるでしょう。本当の本当に申し訳ないと思っています。
でも、それがTRPGの魅力だと思います。TRPGが物語を紡ぐ遊びであり、それはまさしくフィクションです。しかし、あなたが手に握りしめたダイスをテーブルに転がすこと、あるいはチャットの送信欄にダイスのコマンドを打ってEnterキーを押すこと、そして、示されるダイスの出目。これらはフィクションではなく現実です。
先に申し上げた「TRPGは極めて現実性の高いフィクションである」とはそういう意味です。TRPGで作られる物語は、ダイスの出目というリアルから紡がれるのです。だからこそ、現実の大谷選手に熱狂できるように、私はダイスの出目から紡がれる物語に熱狂します。このキャラクターはダイスの出目がよければ生き残った可能性もあるが、悪かったから死んだ。この冷徹な現実性がこそが、うまくいったときの幸福を何倍にもしてくれるのです。
だからこそ、私は何よりもダイスの結果、ルール、データを重んじます。それはゲームという土台に編まれる物語に対する敬意の顕れなのです。ついでに許されそうなら高難易度の戦闘を用意します。PCが勝ったら気持ちいので。……結果的にPCをたまにキルしちゃうわけですが。ごめ゙----ん!!!



コメント